はじめに

2021年7月に東京オリンピック、8月にパラリンピックが開催されます。
そこで注目を集めているのが警備という業務です。
警備を行う警備業とは「警備業法に基づく制限の範囲内で行う業務」のことです。
警備業は大きく「施設警備(1号業務)」「交通・雑踏警備(2号業務)」「貴重品等運搬警備(3号業務)」「身辺警備(4号業務)」の四つに分けることができます。
これまでの警備業というのはこの四つの業務が中心でした。
最近ではこれらの警備業務に加えて、ネットワーク不正アクセスなどに対する監視をハード、ソフトの両側面から行う事業にも取り組んでいます。

今回は警備業最大手のセコム、そしてセコム創業者の飯田亮氏、戸田壽一氏についてをご紹介いたします。

セコムってどんな会社?

専業の警備会社が日本で最初にできたのは1962年3月です。
日本船貨保全株式会社、現在の株式会社大日警が神戸港で船舶貨物の保全警備、港湾警備を行うために設立されました。
しかし、この日本船貨保全は神戸港の港湾関連だけの警備でした。

一般的には1962年7月、現在のような巡回警備や身辺警備のような総合的な警備業務を行うために設立された日本警備保障株式会社、つまりセコム株式会社の設立が日本における警備業の始まりとされています。セコムが日本初の警備会社なのです。

日本警備保障がセコムという社名に変わる前の1973年、社名はそのままでセコム(SECOM)というブランドを立ち上げました。
セコムとはセキュリティ・コミュニケーション(Security Communication)という言葉を略した造語であり、「人と科学の協力による新しいセキュリティの構築」という新しいコンセプトによるものです。

セコムはオンライン・セキュリティシステムの普及で構築したネットワーク基盤を活用し、以後革新的なセキュリティーサービスを次々に生み出していきます。

1975年、オンライン・セキュリティシステムにコンピュータを導入して、世界初のコンピュータ・セキュリティ・システムを実現しました。
1981年には日本初のホームセキュリティシステムを発売し、家庭市場に進出しました。
そして、1983年12月、ブランドを社名とする社名変更を行い、日本警備保障はセコムになったのです。

セコムの主な事業

警備業としてイメージされるのは施設における常駐警備や保安警備、工事現場などでの交通・雑踏警備、貴重品などを運搬する際の警備・警戒、さらには対象者身辺の警備・警戒といった総合的な警備でしょう。

しかし、セコムは警備業をも変革しています。

堅牢なセキュリティシステムで構築したネットワークを基盤に、安心で便利で快適なサービスシステムをトータルに提供する「社会システム産業」の構築に取り組んでいます。
「セキュリティ事業」「防災事業」「メディカル事業」「保険事業」「地理空間情報サービス事業」「BPO・ICT事業」「国際事業」「不動産事業」という8事業を社会システム産業として、手がけています。

セコムの二人の創業者!飯田亮氏と戸田壽一氏

セコムは日本一番最初に設立された総合警備会社です。
そのセコムは飯田亮氏と戸田壽一氏の二人が1962年に設立しました。

飯田亮氏は大学卒業後、家業である東京・日本橋の酒問屋・岡永商店で営業をしていました。
しかし飯田亮氏は5人兄弟の5男だったので、独立を考えていたそうです。
当時、飯田亮氏は学生時代の友人であった戸田壽一氏と時々飲み、将来の独立を語り合っていたそうです。

(参照元 https://www.secom.co.jp/corporate/vision/story01.html セコム創業期物語「第1回 創業者2人が創業を決めた時」)

1961年、飯田亮氏と戸田壽一氏は欧州から戻った共通の友人に、欧米におけるセキュリティ会社や警備についての概念を聞いたそうです。
欧米におけるセキュリティ会社に当たる会社や、警備という事業は当時の日本にはないものでした。
全く新しい事業であり、そこに可能性を感じ、飯田亮氏と戸田壽一氏は警備会社の創業を決断。

当初は東京千代田区九段南にある千代田会館というビルに設立準備事務所を開設。
その後、1962年の7月7日の七夕の日、飯田亮氏と戸田壽一氏の二人は東京港区芝公園にあるSKFビルにセコムの前身となる日本警備保障株式会社を設立しました。

セコム創業者の一人、戸田壽一氏について

セコムの創業者の一人、戸田壽一氏は1933年に生まれ2014年1月30日に81歳で亡くなられています。

セコム創業時、戸田壽一氏は飯田亮氏に対してナンバー2に徹することを約束し、生涯、飯田氏を支えていたため、セコムの沿革が語られるとき、戸田壽一氏の名前があまり出てこないのはナンバー2の役割に徹して、表に出ることが少なかったからのようです。

顔を表に見せなかった戸田壽一氏とは、どんな人物だったのか。
「セコム その経営の真髄」という本を書かれた長田貴仁氏が戸田壽一氏を生前インタビューしていました。
ビジネスジャーナルに「セコム成功鍵はもう一人の創業者」という記事を書かれており、その中で戸田壽一氏がどんな人だったかを紹介されています。

“偉そうにしている感じはまったくない、かといって、へりくだっているわけでもない。だが、人を包み込むような何かがある。”

 

“実は戸田氏は、飯田氏の学習院大学の1年先輩に当たる。飯田氏がアメリカンフットボール、戸田氏は野球部に所属していた、お互いスポーツマンである。上下関係にうるさいのかと思いきや、先輩面はまったくしない。それは飯田氏との関係においても徹底している。”

 

“戸田氏は飯田氏に名歌舞伎役者を演じさせた黒子であると見た。戸田氏の表情には、セコムという組織の中で自ら規律を課し、飯田氏とともに働いた喜びが映し出されていた。”

https://biz-journal.jp/2014/04/post_4577.html
ビジネスジャーナルセコム、「もう一人の」創業者・生前インタビューから透ける、「共同起業」成功の秘密

セコムで求められている人材とは?

飯田亮氏と戸田壽一氏という二人の創業者が設立したセコムは今も日本の警備業のトップを走っています。
社業を通じてセコムは社会に貢献してきました。
そのセコムが今、どんな人材を求めているのか?

その答えは現在のセコムの経営者である中山泰男代表取締役会長の応募者に対するメッセージの中にありました。

「社業を通じて社会に貢献するのがセコムの役割であり、周りの人々の役に立つことを喜びと感じる人、そのための挑戦意欲が高い人に、ぜひ仲間になってほしい。時代の変化を先読みし、どうしたら世の中の役に立てるか、知的好奇心が旺盛で、日々成長できる想像力の豊かな人を求めています」

セコムが求めているのはこういった人物です。

まとめ

飯田亮氏と戸田壽一氏という二人の創業者はセコムを設立し、その社業を通じて、人々、企業や団体、そして社会の安心、安全に貢献してきました。
かつては施設の警備や要人警護などが警備会社の主たる事業でしたが、現在はもっと幅広い分野で、人々の生活の安全を守っています。
セコムには今後ますますの活躍に大きな期待が寄せられています。

 

会社概要

社名
セコム株式会社

代表者
代表取締役会長 中山泰男

所在地
東京都渋谷区神宮前1-5-1

コーポレートサイト
https://www.secom.co.jp/

事業内容
セキュリティ事業、防災事業、メディカル事業、保険事業、地理空間情報サービス事業、BPO・ICT事業